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『スッポンと海亀』

 『海亀のスープ』を検索するとたいてい以下のクイズが出てくる。

 「船乗りがレストランで海亀のスープを注文した。運ばれてきたスープを一口飲んだ船乗りは驚いた表情を浮かべ、それ以上スープを飲むことなく店を出て行ってしまった。そしてその晩、船乗りは自殺をしてしまった。どうして船乗りは自殺をしてしまったのだろうか?」(答えはネットで調べて!)

 海亀のスープは高級料理である。現在はワシントン条約の規制により原材料のアオウミガメの捕獲が禁止されている場合が多く、スープを飲む機会は少なくなっている。かつては、有楽町の高級フランス料理レストラン『アピシウス』や、私が働いていた銀座東急ホテルの婚礼メニューにも『海亀のコンソメスープ・シェリー酒風味』というものがあった。海亀のコクのある旨味の多いスープとシェリーの香りとの相性はバツグンで大変素晴らしいものである。アカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞した『バベットの晩餐会(1987年)』という映画にも、パリの超高級レストラン『カフェ・アングレ(現在のトゥール・ダルジャン)』のスペシャリテとして海亀のスープに合わせてシェリー・アモンティリャードが供されていた。また、不思議の国のアリスにも『代用海亀スープ』という、海亀の代わりに仔牛を使ったスープが出てくるくらい古来より高級スープとして有名なのである。

 日本では小笠原諸島の父島や母島で食用目的のウミガメ漁が認められており、年に135頭の捕獲制限が設けられている。2018年には翌年の皇位継承に伴い行われる大嘗祭で亀卜に使用するため、アオウミガメ8頭分の甲羅を確保したという。

 最近は海亀が手に入らないので、フランス料理でもスッポンを代用としてコンソメスープをとることは多い。スッポンは亀の一種だが亀ではない。まず甲羅が違う。亀の甲羅は骨の一部で硬いが、スッポンの甲羅は頭や手足と共に皮膚で覆われており、甲羅の周辺部分(エンペラという)はゼラチン質を多く含んでいて、ゴムのように柔らかく弾力性がある。煮込むとコラーゲンでぷるんぷるんとなる。

 また、スッポンは歯を持たないが、『噛み付いたら雷が鳴っても離さない』と言わるほど顎の力が強い。噛まれると往生する。指の形状にも違いがあり、亀の指が5本あるのに対しスッポンは3本しかない。さらに、亀は陸上で生活することが多いが、スッポンは水中生活が基本であり、産卵などの特別の事情がない限り陸上に姿を表すことはない。

 日本に昔から生息しているのが『キョクトウスッポン(ニホンスッポン/シナスッポン)』と呼ばれる種類で、主に浜名湖や九州で養殖されているものが有名だが、中には岐阜の奥飛騨の温泉(平湯温泉)で養殖しているものもある。

 スッポンは、甲羅の骨の部分や爪、膀胱、胆嚢以外はすべて食べられる。卵も肝も腸も美味い。スッポンはその形状から『まる』とも呼ばれている。『まる鍋』は、スッポンの鍋料理の事で、鍋に水を張り、スッポンを入れて沸騰させて、砂糖、醤油、酒、生姜程度で味を調整したもの。食べるときに牛蒡や白菜などの野菜を加えてもいい。まる鍋は京都が有名であるが、東京でもよく食べられている。京都では『大市』という店が最も有名で、信楽焼きの分厚い専用の土鍋を使用して、コークスにより1600℃~2000℃の高温で一気に炊き上げる。野菜は入れない。この店は、漫画『美味しんぼ』にも登場したので有名である。

 『大市』は超高級店でなかなか行けないが、名古屋では安くまる鍋が食べられる店がある。瓦町の『ふじ栄』。まずは、スッポンの活血が出てくる。ワインなどで割った血を供す店もあるが、この店は酒とオレンジジュースで割ったフルーティーでクランベリジュースのような味わいのものである。まる鍋は極力味をつけず、スッポンの持ち味を活かしてあっさりと炊き上げられ、コラーゲンたっぷりでボリュームがある。鍋の具を食べ終わると、お約束通り残りの汁で雑炊を作ってくれる。

スッポンの血

すっぽんの卵

まる鍋