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『名古屋市内の天然温泉ホテル』

 11月初めにかかりつけの病院で血液検査にひっかかり八事日赤に飛ばされる。悪性腫瘍や癌の可能性があるとの初期診断が下り、私は今後の人生をどうしようか考えた。一所懸命考えたけれども浮かんでくるのは温泉のことばかり。温泉で体を治そうというのではない。死ぬ直前まで働かずに温泉巡りをしてのんびり暮らし、温泉の本でも1冊書いて遺書がわりに死んでやろうと思っていた。その事を妻に告げると、「温泉に行って本を書くのは結構だが、死ぬ体で熱弁されても困る。まだ生きて馬車馬のように働け」と……

 温泉には行きたいものの、11月下旬からほとんど毎日を検査に費やしたため、遠くへはいけない。CT、MRI、PETなどの体の負担が軽い検査の間は、癌を温泉で治したろか!と頻繁に猿投温泉に行ってみた。猿投温泉は愛知県では珍しい放射能泉(21.1マッヘ)で、癌に効くかどうかはわからないが、放射能泉はラドンを一定量以上含んでおり、実際に癌との関係が研究されている。飲泉(飲める温泉)もできるから、湯船に浸かっては飲み、浸かっては飲み、さらに10Lまで持ち帰ることができるので、家でがぶ飲みしてみた。

 放射能泉の代表的適応症は痛風で、飲泉としては炭酸水素塩泉、硫酸塩泉、硫黄泉もあるが、入浴することによって痛風に効果があるのは放射能泉だけで、特に温泉のミスト(霧)を吸入する事によって効能を得ることができる(ホルミシス効果)。猿投温泉もホルミシス効果を最大限活かすために、湯口が高いところから滝のように温泉を湯船へドバドバ落として霧を出す構造となっている。酒の呑みすぎで痛風の方は行くと良い。  

 まさか猿投温泉の放射能効果ではないと思うが、CT、MRI、PETでも癌は見つからなかった。次に膀胱癌を疑われた為、ちんちんにカメラを入れるあの絶対やりたくない検査NO1の膀胱鏡もやった。主治医の腕がいいのか痛いというのはあまりなかったが、その後3日間もおしっこする度に血栓が出て、トイレに赤い鉄砲玉がポンッと飛び出てその後綺麗なラズベリー色のおしっこが出るのには閉口した。しかも良くないことに、膀胱鏡のあとはおしっこが近いだけじゃなく、我慢をすることもできない。翌日からの富山出張はサービスエリアごとに赤い鉄砲玉を出す旅だった。そのため富山では大浴場に入ることができず、お部屋に温泉が引かれているホテルに泊まる。『天然温泉 富山 剱の湯 御宿 野乃』はドーミーインの新しいコンセプトホテルで和をイメージした造りとなっていて、玄関からお部屋の中まで総畳敷である。全室に小ぶりだが檜風呂が設置されており、ボタンを押せば温泉が24時間ジャージャー好きなだけ出てくる。ここは、黒湯(モール泉:植物起源の有機質を含んだ温泉のこと)で成分は単純温泉だが色は烏龍茶色、香りも肌触りも大満足の温泉で、これで一泊6,000円台なんて誰にも教えてやらない!

 結局、膀胱鏡でも癌は発見できなかった。発見できなきゃもうええやん!と素人は思うが、数値が悪い以上、医者はとことん原因を追求しなくてはいけないらしい。リンパが腫れていることから今度は悪性リンパ腫を疑われ、組織検査のため右足鼠径部(腿の付け根)を7cmほど局部麻酔で切開手術した。手術後、誰かが看護師さんに「車椅子は要りますか?」と訊くと、看護師さんは「歩いて帰りますから要りません」とキッパリ断った。『それは私が決めることではないのか?』と思ったが、あんなに手術中は痛かったのに何故か術後すぐにスタスタ歩けた。入浴が1週間ほど禁止された後、傷口も綺麗になったので保養をかねて名古屋市内の温泉ホテルに泊まることにした。

 あまり知られていないが、名古屋市内に天然温泉のホテルは3軒ある。しかも都心に……。まずは有名な伏見にある老舗の『名古屋クラウンホテル』である。ここは自家源泉の天然温泉で、成分は少ない単純温泉であるが、黄土色したモール泉である。温泉はほぼ24時間営業で「壱の湯」と「弐の湯」(参の湯もあるが通常入れない)があり、夜中の12時半に男女入れ替えがあるので、12時前と12時半後(30分間は清掃時間)と最低2回は入らなくてはいけない。向いに大きなショッピングセンターがあるから、酒やらつまみやらデザートをどっさりと買い込み、チェックインする。朝方までさんざん飲み食いと温泉にあけくれる。どこが保養やねん!朝は名古屋めしを中心とした朝食バイキングでなかなかの充実ぶりだが前夜呑みすぎてしまって、たいていはあまり食べられない。

 時々行くのが丸の内の信号近くにある『アパヴィラホテル 名古屋丸の内駅前』である。ここも自家源泉を保有しているが、あまり宣伝をしないので名古屋の温泉ズキでも知っている人はあまりいない。やはり成分の少ない単純温泉(212.7mg)であるが黄土色したモール泉で、特有の香りがある。残念なのは、自家源泉でビジネスホテルのくせに入浴時間が限定されていて(夜15:00~24:00/朝6:00〜10:00)、夜中に2~3回入りたい私は『夜中も入らせろ!』と口コミに文句を言ってしまった。

 鼠径部を切開しての組織検査を行うも、やはり腫瘍らしきものは発見されず、とうとう全身麻酔で腹部を10cm以上も切開し、深い部分のリンパをゴッソリ取り組織検査することになった。全身麻酔のついでに、あの忌まわしい膀胱鏡にて膀胱の組織も取るという。医者いわく「寝てるからいいじゃん!」

 6日間ほど入院し、傷口は最初の3日で綺麗にふさがっていたが、やはりちんちんからの血栓に今度は2週間ほど悩まされた。しかも、お腹が痛いので起き上がるのに苦労してトイレに失敗する可能性があり、家族に無様な姿は見せられずホテルに泊まることにした。

 伏見駅のすぐ近くに『ドーミーインPREMIUM名古屋栄』がある。ドーミーインの中でも高級な部類のホテルである。ここは天然温泉だが源泉は岐阜県揖斐郡池田町の池田さくら温泉からタンクローリーで運んでいる。加温、循環であるが『ナトリウム-炭酸水素塩泉』で、市内の他の2軒とは6倍から10倍近く成分が高く(1237mg)、phが8.6もあるアルカリ性温泉なので、肌触りがツルツルする美肌の湯である。泉質的には3軒の中で一番良い。ドーミーインはどこも『夜鳴きそば』というサービスがあり、ひとっ風呂浴びたあとに、ビール片手に醤油ラーメンが食べられるのもちょっとした楽しみである。また、腹が痛い、腰が痛い、膝が痛いという状況の私にはこのホテルのベッドが一番体に合っていて本当に助かった。朝食も充実していて綺麗でセンスがいい。

 今はコロナの影響で外国人旅行者が少なく、価格も相当安いので、ちょっとした癒やしに泊まってみてはいかがだろうか。