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『名誉唎酒師の危険な温泉旅』

 名誉唎酒師であり温泉ソムリエマスターでもある私は、地方の仕事が入ると、まず近くの良質な温泉地をピックアップする。楽天トラベルのサイトを開けて、その温泉地にある宿を選定していく。宿を選ぶポイントは6つ。重要な項目から番号をつける。

①源泉掛け流し、②24時間入浴可能、③泉質が良い、④混んでいない、⑤比較的安い、⑥大規模なホテル・旅館ではない。

 ①源泉掛け流しは温泉好きが求める最低限の必須条件であり、この源泉掛け流しが叶うのならば、仕事先から多少遠くても、山奥でも、レンタカーを借りてでも行く。②夜中に誰もいない風呂に入るのが楽しみのひとつなので、よくある『夜12時から朝6時までは入れません』という宿は選ばない。時々24時間入れるような表記がしてあるのにも関わらず、行ってみたら入れなかったということもあり、その場では文句は言わないが、口コミでみっちり説教してやろうかと思う……が実際はしたことがない。案外気が小さい。24時間入れない理由は、加温、ポンプ、循環などの燃料費がかかるということなのだろうから、24時間入れない場合は、自然湧出の完全源泉掛け流しではないといえる。③泉質はなるべくなら『単純温泉』ではないほうが良い。単純温泉が悪いわけではないが、名古屋辺りでは入ることが出来ない泉質のほうが嬉しいからだ。例えば『硫黄泉』とか『酸性泉』なら申し分ない。『硫酸塩泉』は特徴が無いが、名古屋近辺には無いから良い。 『二酸化炭素泉』は極めて珍しいが、加温すると二酸化炭素が抜けるのでぬる湯が多い。元々ぬる湯は日帰り温泉に多く温泉宿では滅多に見かけないが、あつ湯好きの私には最低でも42℃ないと少し残念な気分になってしまう。『含鉄泉』は有馬温泉あたりなら良いが、岐阜市内にも愛知県の常滑にもあるし、何より茶色い湯はあまり得意な方じゃない。足元が見えないから底に何が潜んでいるかわからないし(なぜか白い湯は許せる)、赤茶色は酸化した鉄錆の色なので、フレッシュさが感じられない。また含鉄泉にはぬる湯も多い。『放射能泉』も恵那に多く存在するし、愛知県には立派な猿投温泉もある。しかも見た目も香りも味も特徴がないから、体にはとても良いのだけれど、正直面白くない。100マッヘ以上あるのなら是非行ってみたい(8.25マッヘで放射能泉を名乗れる)。『塩化物泉』『炭酸水素塩泉』はよくある泉質であるが、成分量や配分が温泉によって違い、色も香りも肌ざわりも味も様々なので案外楽しめる。『含ヨウ素泉』は入ってみたいが東京に集中していて滅多に無い。④混んでいるよりは空いている温泉にゆっくり入りたいからである。最近は温泉宿の眼識ができたのか、選ぶ温泉宿はいつ風呂に入っても誰もいないという場合が多い。誰もいなさそうな時間を選ぶんだけどね。⑤⑥有名な大ホテルは家族連れや団体客がいるから嫌なのである。子供がうるさいし、団体が来ると風呂が混んでてゆっくりできないし、何しろ温泉が汚らしく感じる。なので、できるだけ小さい宿が良くて、①~④が整っていれば民宿でもかまわない。風呂に関しては、規模の大きい大浴場でないといけないとか、露天風呂がなければいけないということはない。

 食事も景色も全く気にしない。食事は大抵の旅館が地元の食材を使った料理を出してくれるので安心しているし、景色はどうせ夜は何も見えないので気にしていない。もちろん良いに越したことはない。富山の仕事帰りに奥飛騨温泉郷にある栃尾温泉の民宿に泊まったが、景色は悪いし風呂は小さいが、いつ入っても独泉状態だったし、料理も飛騨牛のステーキがついてなんと一泊5000円台という宿であった。もちろん風呂は、単純温泉ながらも源泉掛け流しで24時間入れる。

 宿が決まったら次は日帰り温泉の検索である。スマホアプリで『温泉天国』『ニフティ温泉検索』などを駆使する。私のスマホには9つの温泉検索アプリが入っている(そんなにいらんだろう?)。場所だけでなく、泉質や源泉掛け流しかどうかまでわかる。温泉マニアが投稿する口コミもかなり参考になる。こうして宿と日帰り温泉のみのシンプルなプランが出来上がる。昼飯なんかは考えていない。当日検索してなるべく地元ならではの美味しい料理を食べることにしている。山なら蕎麦かうなぎ、海なら海鮮系が多いかな。

 さて当日の朝、前日から冷やしておいたシャンパンを保冷バックにつめて、駅に向かう。名古屋駅出発の電車の場合、地下鉄東山線でそのまま名駅に行けばいいものを、一旦千種駅で下車しJRに乗り換える。その前に呑み鉄の鉄則、千種駅ホームの『名代きしめん 住よし』で生ビールと天つま(いわゆる天抜き/天ぷらきしめんのきしめん抜き)で一杯やるのだ。勇者はこの天つまに卵を落としてもらうらしいのだが、私は弱虫なのでしたことがない。その後、名古屋駅に向かい新幹線や在来線特急に乗るか、中央線なら『ワイドビューしなの』に乗り込む。席に着くとすぐにシャンパンを取り出してコルクを抜き、時々講座で使っているプラスチックの脚付きワインカップに注ぐ。名古屋で二番目にお気に入りのパン屋さん『ル・シュプレーム(JR名古屋高島屋)』で前日に買っておいた『パテ・ド・カンパーニュサンドと鴨サンド』を取り出して旅は始まるのだ。

 現地に到着したら、昼食をとったあと、コンビニかスーパーまたは道の駅などに寄り、ビール350ml6缶、サワー350ml3缶、ワイン1本程度と、つまみやスナック菓子、甘いものなどをを調達する。宿で呑むためだが、宿で買うと高いので予め買っておくのである。

 宿に到着し部屋に入ると酒類を冷蔵庫に収め、早速浴衣に着替えて、まずお茶とお茶菓子を頂く。お茶は水分とビタミン補給、お菓子は糖分とカロリー補給になる。体重60kgの人が10分間入浴すると約36kcal消費する。空腹での入浴は脳貧血の原因になるので、お菓子等で適度なカロリーを補給したほうがよいのだ。宿のお茶とお菓子はそのためにあるので、本当はビールが呑みたいのだが、温泉に入るための神聖な儀式だと思うことにして我慢している。

 宿には最も早い時間でチェックインすることにしている。3時が多い。この時間はお風呂が空いているのだ。まず脱衣所で温泉分析表をチェックする。温泉分析表は掲示義務がある。10年に一度検査をしなくていけないから、いつの検査なのかを見る。泉質、湧出量、湧出温度、成分、加温・加水・消毒の有無を調べる。初めて入る温泉では、浴槽に入る前に体や頭を洗ったりしてはいけない。温泉でかけ湯を十分にするか、洗剤を使わずにシャワーで体を流す。洗剤を使うと手や体に洗剤の香りが付き、温泉本来の香りが分からなくなってしまうからである。湯船に入ったら手でお湯を掬い、香りを嗅いで、次に少し口に入れて味をみる。最後に肌ざわりをチェックする。また、露天風呂があってもいきなり入ってはいけない。まずは内湯から入ること。特に冬は、いきなり露天に行くと温度差で脳貧血や心臓発作を起こす危険がある。まずは内湯で十分温まってから露天に入ったほうが良い。お風呂で年間1万9000人も死んでいる。しかも殆どが60歳以上の方が冬に亡くなっているのだ。新型コロナどころではない。私は一泊の間に何度も入るので、1回の入浴の時間は短い。長くてもせいぜい10分くらいである。特に成分の高い温泉は湯疲れしたり、数日後に湯あたりする可能性があるので短めの方が良い。

 お湯から出ると、売店を一周りする。たいてい旅館には売店があるが、何も買ったことがない。ご当地の日本酒が売っていたりするが、老ね香が出ていそうで絶対に買わない。老ね香とは高温度下で管理された酒に起こる香りで、中国の老酒のような香りである。主成分はソトロンでシェリーやマディラも同じ香りである。冷蔵庫で保管されてあれば買っても良いのだが、まずそんな行き届いた旅館はない。

 部屋に戻り、食事までに時間があるので風呂上がりのビールを頂く。本当は湯上がりにアルコールはよくないのだ。入浴10分で400-500mlの汗が出るので、脳梗塞や心筋梗塞の予防のために入浴後は入浴前より多い水分(コップ1杯程度)を補給した方が良い。ビールには利尿作用が有り、ビールを500cc飲むと約840ccの尿が出て水分補給にはならない。またアルコールは末梢神経を広げて血圧を下げる作用があり、入浴直後は末梢神経がさらに拡張して低血圧となるため、頭がふらつき立ちくらみを起こしやすくなって意識を失う危険性がある。なので本当はビールは程々にしておかなきゃならないのだが、温泉上がりのビールほどこの世で最も美味いものはない。食事までに2缶は飲んでしまう。高齢者入浴アドバイザー認定講師として完全に失格である。本当に申し訳有りません代表理事……

 食事中の酒は、渓流のある山奥なら『アマゴやアユの骨酒』が美味い。骨酒とは干した魚を丸ごと焼いて超熱燗を注いだものである。骨酒がなければ地酒を冷や燗で飲んだり、地ワインを飲むこともある。料理は地元の食材が出てくる。草津の宿では朝暗いうちから収穫した嬬恋村名産のキャベツを使った豚肉の鍋だった。海沿いなら海の幸、山奥なら山の幸が楽しめる。十津川ではすっぽん、猪、鴨料理。奥飛騨では飛騨牛は定番で、岩魚、猪、時には熊も出る。酒はかなり呑むが、実はあまり食事は食わない。仲居さんの雰囲気を見て「残った料理を部屋へ持って帰っていいか」と訊く。ダメと言われても(言われたことはないが)、タッパやパックをこっそり持ってきているので、内緒で勝手に詰めて部屋に持って帰る準備はしている。さっさと食事を済ませるのには理由があって、他の客が食事をしている時間帯は風呂が空いているからである。さらに、夜のおつまみを別料金で作ってくれるように仲居さんにお願いする。結構豪勢なものが出来てきたりする。温泉宿の夜はとても長いのだ。

 7時半頃に2回目の風呂に行く。風呂から上がると、パックに詰めた夕飯を広げて、注文したつまみを並べて、ビールとワインやサワーをちびちびやり、気を良くして長唄などを謳っていると(あ、私、長唄の名取ね♪杵屋三玉っていう)、急に睡魔が襲ってきて眠ってしまう。ハッと目が覚めると深夜の2時頃で、3回目の風呂に行く。この時間は間違いなく誰もいない。泳ごうがオナラしようが自由である。風呂を出てから、残ったつまみと、往きに買ってきたスナック菓子や甘い物で、ビールとサワーをやりながら、白んできた外を見ている。朝方4回目の風呂に入ったあと、また眠くなり、目覚めると丁度朝食の時間になる。昨日晩飯のときに残っていた日本酒を隠し持って食堂に行く。旅館の朝食は酒呑みのつまみの大集合である。干物や鮭などの焼き魚、海苔、豆腐、漬物など。奥飛騨では朴葉みそ、静岡ではわさび漬が出てくる。これで酒を呑まずしてどうするの?最後に玉子大好きな私は温泉玉子をご飯にのせて食べる。温泉玉子のない温泉なんて考えられない!朝食のあと5回目の風呂に入る。

 帰りは日帰り温泉に立ち寄って、昼食にビールか日本酒を呑み、また別の温泉へとハシゴする時もある。帰りの電車で駅弁を広げてまたビールか日本酒を呑む。

こんな温泉旅なのだが、体には本当に良くないので真似をしないでほしい。絶対に死ぬから。

 あれ?仕事するのを忘れたよ!

住よし・天つま

パテドカンパーニュ

鴨サンド

山形月山・大梵字

十津川山水・鮎骨酒


十津川山水・あまご骨酒

新平湯藤屋・岩魚刺身

十津川山水・すっぽん鍋

十津川山水・猪鍋

松坂屋・嬬恋キャベツ鍋


大観荘・アワビバター

湯田川・九兵衛旅館夜食

湯谷HAZU・鮎干物

藤屋・朴葉みそ

藤屋・温泉玉子


新平湯・藤屋

栃尾・富久の湯

酸ヶ湯温泉

草津・松坂屋旅館

土肥・椿荘