· 

『焼酎ブーム』

 1月9日は成人の日であった。そういえば私は自分の成人式には行っていない。

 私はあまりイベントごとが好きではないのだ。高校の卒業式は受験の日と重なったと嘘を言って欠席して家で寝ていた。大学の入学式は行ったが、卒業式は行ってない。家で寝ていた。

 成人式は行かなかったが、1ヶ月後のクラス会には参加した。クラスの殆どは名古屋の大学に行っていたので、東京の大学である私はめちゃくちゃモテた。

 「まるおくんって、東京の香りがするわーん。クンクン(はーと)」

 というようにだ。

 たった一年前まで名古屋のダサい浪人生で女性から見向きもされなかった私が、ちょっと東京に行っただけでこのような評価を受けるとは、東京の威力はすさまじい。まあ、私だって努力したんだ。当時流行っていたデザイナーズブランド(メンズメルローズ)に身を固めてクラス会に行ったからね。それで、とうとう同級生の中からかわい子ちゃん(死語)をゲトして、東京と名古屋のシンデレラエクスプレスが始まったんだよ。拙著『名誉唎酒師のばかやろう!』でこのときの恋愛を赤裸々に書いているからまだ買ってない人は本を送ってあげる。請求書付きでね。

 昔は飲酒に厳しくなかったから、成人でなくとも大学受かったら酒盛りをしていた。大学合格祝いで浪人仲間と始めて飲んだのが宝焼酎の『純』だった。『甲類焼酎』というやつだね。甲類焼酎とはホワイトリカーともいい、連続式蒸留機で蒸留させ高い純度のアルコールを造り、加水してアルコール度 36 %未満にしたもので香りも味も素っ気ない。目立った香味がないもんだから主に酎ハイやサワーのベースになっていたわけだ。

 焼酎のブームは何度かあった。第一次焼酎ブームは1970年代で、芋焼酎の『さつま白波』が『6:4(ロクヨン)のお湯割り(間違っている人多いけど、6が焼酎ね)』『酔い覚めさわやか』をキャッチフレーズにしてCMをうち人気になったらしいが、これはさすがに私の記憶にないし、むしろその後世の中が芋焼酎を嫌厭するきっかけにもなったのではないだろうか。

 第二次焼酎ブームは1980年代である。私の大学時代がこの頃に当たる。前述した『純(宝酒造)』や『樹氷(サントリー)』などの甲類焼酎のほかに、『酎ハイ(チューハイ)』が爆発的な大人気となった。酎ハイがブームになったきっかけは今はなき東洋醸造(後に旭化成と合併)が1983年にビン入りチューハイ『ハイリキ』を出したことであった。先駆けの東洋醸造のハイリキはその後宝酒造の缶チューハイにあっという間に抜かれてその立場を失う。今思えばブランディング力の差が出たんじゃないかな。実は私は当時の東洋醸造関係者に東京のマンション探しのお手伝いをしてもらったりして公私共に大変お世話になっていたのであまり悪口は言えない。

 また『いいちこ(三和酒類株式会社)』が『下町のナポレオン』のキャッチフレーズで一躍有名になり、手書きの陶器の壺(常滑焼との噂)に入った『二階堂 吉四六』とともに飲みやすく香りの良い焼酎として、大分県の麦焼酎業界を牽引した。この当時の麦焼酎の香りが良くなった原因は減圧蒸留の発明だろう。蒸留器全体を減圧すると沸騰温度が低くなる。もろみ中から原酒に移る香気成分は、低い温度で沸騰しやすい成分の比率が高まることになる。この低い温度で出る成分は華やかな香りの成分であるから焼酎が良い香りになるのだ。

 第三次焼酎ブームは1990年代後半で、このときは芋焼酎ブームと言ってもよく、幻の焼酎といわれた『森伊蔵』を筆頭に数々の本格芋焼酎が高値で取引されるようになった。私も森伊蔵を裏ルートで一升瓶1本8千円から9千円で何十ケースも買ったことがあり、飛ぶように売れた。あの時親父に森伊蔵の買い過ぎで怒られたけど結構儲かったよ。その後ものすごく高騰をして最高で1本2万円以上で取引されていたかな。

 そういえば、米焼酎のブームは来なかった。米焼酎といえば熊本の球磨焼酎が有名だけど、主だった銘柄がない。隠れブームとしてあったのが、日本酒の蔵が造る米焼酎。特に越乃寒梅の乙焼酎という粕取焼酎が密かな人気で、新潟から適正価格で大量に仕入れたことがあったけど、その後異常な高騰で1本2万円(720ml)くらいになってしまった。

 ところで、浪人時代の同級生に『中野先生』と呼ばれている人がいた。普段は静かだが時々発狂して怖いので『先生』と呼んでいたのだ。その中野先生が合格祝いをやろうというので私が勉強部屋として住んでいたアパートに来たわけだが、受験から開放された嬉しさからか彼は『純』を煽るほど呑み、あろうことか私の部屋の中でザ・グレート・カブキ(プロレスラー)のように緑の霧を吐いたのである。ゲロね。

 その後、私の東京のマンションでもやはり緑の霧を吐きやがって、本当に往生する『先生』だった。

ハイリキ

いいちこ

吉四六

越乃寒梅乙焼酎

ザ・グレート・カブキ