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『寿司屋のマナー』

 最近は伝統的な寿司屋というべき店が少なくなってきた。少し前まで寿司は一生のうちに何度食べられるかわからない貴重な食い物であった。寿司屋に入ると静謐な空気があり、メニューもない価格表示もない、いったいいくらかかるかわからないというピンと張り詰めた緊張感の中で、大将が握る渾身の寿司を食う。それは真剣での勝負であり、戦の場と言っても過言ではない。なんてね、大袈裟すぎた。

 最近は回転寿司がたくさん出店して、地元の魚を使った中小寿司屋はなくなりつつある。回転寿司の質やエンターテイメント性が向上しすぎていて、一般の寿司屋の付加価値が極端に薄れてしまっている。伝統的な寿司屋も新しく出来てはすぐに姿を消してしまう。回転寿司が初めて世に出た頃、タネ(ネタとは言わない)、シャリ、握り方、海苔、醤油のうち、店によって違うが、この中の複数が良くなかった。しかし近年それを一気に改善している。今残るはタネだけのようだ。マグロ以外はほぼ全滅だが、アジ・イワシは妙に脂が乗って美味い時がある。白身や海老(甘海老以外)・貝類はひどい。

 回転寿司台頭の現在、伝統的な寿司屋での振る舞いが崩れつつある。まず食べる順番が気になるところであるが、実は寿司に食べる順番などないのだ。なぜなら発祥が屋台だからである。貴方がおでんの屋台に行ったとき、順番を気にするだろうか?大抵は好きなものから食べるだろう。寿司は元よりファーストフードなのだから、好きなように食べれば良い。時々、『玉(ギョク)に始まり玉に終わる』という人がいるが、これは恥ずかしいから、そう思い込んでいる人は今すぐ記憶から消してほしい。玉とは玉子焼きのことを指すが、そのギョクという言い方もやめたほうがいい。「ギョクください」などと注文する客がいたら、店の人が心で笑うであろう。『玉(ギョク)に始まり玉に終わる』という人は、玉子焼きの味でその店の実力がわかると言い張るが、面倒くさいから玉子焼き屋で購入する店も多いし、店で焼いていたとしても一番下っ端が焼いている場合が多く、あまり誉めちぎると大将が下っ端を捕まえて「お前の玉子が美味いってよ、よかったな、フン!」というようなことになり、へそを曲げて結局誰の得にもならないということになる。

 さて食べる順序に決まりはないが、淡白なものから濃いものへと食べる人もいる。それでもいいが、大将におまかせでというと、以外にトロから出てくる名店も多い。理由はわからない。私も白身から始めることにしているが、淡白という理由ではない。白身を食べるとその店の実情がわかるからだ。

 まず白身の食感がコリコリしているか、ダラダラしているかで店の状況がわかる。売れ残って鮮度が落ちていればダラダラになる。それだけではなく、釣った魚か網で獲った魚かで違ってくる。一本釣りで釣ったもの(高価)を、1-2日餌をやらずに水槽で寝かせて、飲食店に出荷する前に活け締め(首と尾を切り神経を抜く)したものは、身が死なず食感がコリコリしている(釣った魚も活け締めしなければ、食感はダラダラになる)。網でとったもの(安価)は網の中で弱ったり死んだりする。魚が自然に死んだものを野締めといい、 食感がダラダラになって気持ち悪い。こういうものは焼魚か煮魚にしか使えない。網でとった安い死んだ魚を平気で刺身や寿司にする店もたくさんあるので、コリコリかダラダラで判断してほしい。また、白身を注文したときに「昆布締めしかありません」という店は良いとは言えない。本来、昆布締めとは1-2日売れ残った魚に対して仕方なく行う処理方法であり、昆布締めしかないという店は、ここ2日くらい客がこず、さらに今日も来ない可能性があるので白身の仕入をしていないということなのである。白身だけでなく他のものも古い可能性がある。

 白身のあとは、酢で締めたもの(コハダ、サバなど光物)の酢の加減がどうかを味わい、その後、旬のもの(新子、カスゴ、鳥貝、ハマグリ、シャコ、ブリなど)をいただく。鳥貝は一年中あるように感じるが、春の1-2ヶ月以外はすべて冷凍である。江戸前寿司という言葉がある。江戸前のタネで握った寿司のことだが、もう一つの意味は仕事がしてある寿司のこと。アサリ、ハマグリを煮たものが旬の時期に食べられたら最高である。当然であるが、ハマチ、サーモン、マヨネーズものを注文したら笑われるからやめておいたほうがよい。また炙りものも微妙である。

 さて寿司の食べ方であるが、①タネのほうに醤油をつけること。シャリに醤油をつけるとシャリが醤油を吸ってボトリと落ちる。②タネを舌に乗せて食べる。軍艦などはガリをハケ代わりにして醤油をつけるとよい。

 さて寿司屋に合う酒はなにか?もし私が本気で高級寿司屋に行くとしたら、最初に旬の刺し身をつまみにして日本酒を冷酒で注文し、気分によってはその後燗酒をつけてもらう。その後、締めとして寿司を食うが、酒は一切呑まずにお茶だけにする。『酒は米の料理を食べながら呑むべきものではない』と辻静雄さんが言っていたのを後で聞いて、同じ事を思っている人がいるのかと驚いた。


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コメント: 4
  • #1

    りょう (土曜日, 10 8月 2019 09:44)

    回転すし屋のマグロが良いとは驚きました。
    ほぼ蓄養マグロで後味が悪すぎて私は食べられません。あの味に慣れてしまうことを危惧しているくらいです。
    私はすし屋ですが、玉の件も私が教えて若い子が焼いていますので褒められて悪い気がするはずはありません。そんなひねくれた大将はお客様にお寿司を楽しんでいただけるはずがありません。
    それより今すし屋が割烹化していてお任せばかりの現状こそ問題提起していただきたいです。
    店側は準備もできてロスも少なく都合が良いでしょうがこのままではお客様がご自分の好みを注文する力が無くなってしまう事こそ現場からみていて大問題だと思っております。板場のお客様の好みを洞察する力も育ちません。
    食べる順序が不要な事と白身の件は同意ですが、それ以外はとても残念な内容です。

  • #2

    まるお (土曜日, 10 8月 2019 11:21)

    コラムを読んで頂きありがとうございます。お寿司屋さんなんですね。
    私も寿司屋を20年ほどしていましたが、最近廃業しました。

    回転すし屋のマグロが良いというのは語弊があったかもしれません。近海の天然のマグロは美味いに決まっていますが、高いですよね。回転寿司で1カン1000円も2000円もいただくことはできません。コストパフォーマンスを考えれば、他のタネと比べると上々かなということです。私も近海の天然の本マグロを使用するようにしていましたので、味のことはよくわかっているつもりですし、見た目でもわかります。
    ギョクの件は、あまり褒めすぎるのは店によっては良くないという例です。貴方様のような素晴らしい大将ばかりではないということです。
    ご指摘の通り、おまかせしかない寿司屋さんが増えていますね。本当につまらないと思います。
    またそのことに関しても書いていきたいと思います。
    貴重なご意見ありがとうございました。

  • #3

    りょう (土曜日, 10 8月 2019 17:06)

    お返事ありがとうございます。

    私はいくらコスパを求めるにしても蓄養の味が広まってしまう事はとても辛く感じております。サーモンの前例のように、、、
    某寿司店でも初値高級マグロを落札し、いかにもいつも良いものをつかっているかのような印象操作も霹靂しています。
    他にも無添加と大々的にうたいながら実際には四大添加物以外はふんだんに使っていたりと、問題提起していただきたい事は山ほどあります。
    私が全て正しいとは全く考えてはおりませんが、正しい知識と認識を持っていただける方が増える事を心から望んでおります。
    本当に勝手な意見ばかりにお返事いただきました事を感謝しております。

  • #4

    まるお (日曜日, 11 8月 2019 00:35)

    りょう様、ご返信ありがとうございます。寿司業界にとって重要な問題提起を考えず安易にコラムを書いてしまって申し訳なく思います。私も今の寿司業界に危機感を持っている一人であるのに、軽率の極みであったと恥ずかしい思いです。
     回転寿司が出来たことによって、誰しもが寿司を食べることができるようになったというのは認めざるをえませんが、同時に伝統的な寿司文化が失われてしまったことはショッキングな事実です。しかも、これからを担う子供たちが回転寿司のあの寿司を寿司だと思ってしまうことに、かなりの危機感を抱いております。
     残念なことに回転寿司と伝統的な寿司屋との共存はできていません。どんどん伝統的な本物の寿司屋がなくなっていきます。これは寿司業界だけなく日本文化の衰退です。しかし、それを食い止める方法が私にはよくわかりません。食べる人を育てる、作る人を育てる大きな流れが必要かもしれません。たった1週間程度に通って、一人前と認定する寿司学校はどうなのか?業者まかせで、包丁が握れなくても勤まる寿司職人はどうなのか?逆に10年経っても寿司を握らせてもらえない店はどうなのか?頭の痛いところです。
     最近オープンした寿司屋に行ってきました。やはりオマカセしかなく、しかも技術的に回転寿司の水準にも達していないお店でした。タネの問題ではなく、その店はシャリがよくありませんでした。寿司はすべてのバランスが整って初めて旨くなります。タネが一流でもシャリが落第では、全く美味しく感じられません。そんな寿司屋が出来てしまうと余計に寿司屋離れが進んでしまいます。
    りょう様のお店に一度行ってみたいです。頑張っているお店は微力ながらも応援させていただきたいです。
    今後ともよろしくお願い申し上げます。