· 

『日本人は香りを表現できない』

 日本人は世界一味覚に敏感であると、当の日本人は思っている。その理由が、日本料理は繊細な味付けで、外国の料理のような大雑把な味では味覚は育たないというものである。世界三大料理とは何か?日本人は、たぶんこう答えるだろう。①中国料理②フランス料理③日本料理と。ウィキペディアによれば、伝統的には①中国料理②フランス料理③トルコ料理らしい。世界的には③にイタリア料理やベトナム料理、メキシコ料理をあげる人もいる。外国人にとっては、日本料理は『調理してない生魚をただ切っただけ(刺身)』『ほとんど醤油味』というように映るらしい。

 日本料理の刺身は外国人にとっては切っただけというように感じるかもしれないが、切る者の技術によって味は全く変わってしまう。刺身を造る技術は板場の中でも最上位技術である。包丁の研ぎ方から会得しなくてはいけないし、様々な包丁で様々な魚を捌く技術を習得するにはかなりの年月を要する。

 しかし醤油に関しては、少し反論し難いものがある。醤油は江戸時代後期に一般に普及した調味料であり、それ以降の日本料理は醤油なくしては存在し得ないものである。寿司、うなぎ、蕎麦、天ぷらなどもそうだが、大抵のものには醤油が使われている。醤油が開発されていなければ、今でも味噌か塩の味付けであろう。醤油はまぎれもなく世界に誇る万能調味料である。『醤油』これ一つで何でも食べることができる。そんな万能調味料を開発してしまったばかりに、日本料理は発展の幅を狭くしているのではないかと常に考える。

 私の世界三大料理は①中国料理②フランス料理③タイ料理を含む東南アジア料理だと思っている。なぜ日本料理が入らないかというと、日本料理には①出汁や醤油など旨味に頼りすぎている②肉を扱うのが上手いとは言えない③決定的に香りの複雑さに欠けている、である。

 ①の『出汁や醤油など旨味に頼りすぎている』というのは、日本料理が旨味の料理であるから仕方がないと残念ながら言いきってもいい。なにせ舌に旨味の味蕾を発見したのは日本人だからだ。それまで欧米人の研究者が『旨味なんて甘味や酸味などが混じったもので味なんかではない!』と言っていたのを覆してしまったのだ。それだけ日本人は旨味に対して外国人よりも敏感なのである。時々味のわからない芸能人の中に『うめー!うめー!』としか味を表現できないが者がいるが、これも実は仕方のないことである。彼はうまいかまずいかの判別しかできず、それもうまいのは旨味のあるもの、うまくないのは旨味のないものという分類をしているからだ。旨味に頼りすぎた結果がこういう味音痴を生んでいる。しかし、『旨味に頼りすぎたことが逆に世界に認められつつあるもの』がある。それはラーメンである。ラーメンは中国が発祥だが、日本人の旨味に対する熱意によりスープにあらゆる食材を加え、複雑な旨味を形成して、中国のラーメンとは全く別物を開発して世界中で人気を得ている。

 次に②の『肉の扱い』である。まず日本人は肉の脂を好む。和牛は外国の牛に比べ脂が極端に多く、大体は多いほうが高級である。これは日本人にとって脂の旨味は分かりやすいからにほかならない。肉の赤身の旨さには慣れておらず、肉の味をさっぱりしているかこってりしているかの二種類しか判別できない。そしてその大好きな脂も、調理するときはなぜか落とす方向を選びたがる。またはサッパリ感じるように調味料などを選ぶ。しゃぶしゃぶは得てして必要以上の高温で茹でられ、脂だけでなく旨味も落としてしまう。ステーキにポン酢や大根おろしを使用してさっぱりさせる。脂が好きなのか嫌いなのかどっちだろう?美味しんぼの海原雄山は、すき焼きを牛肉をまずく食う最たるものと言っている。私はすき焼きは大の好物であるが。

 私は牛肉の食べ方以上に最も日本料理に欠けている肉料理は豚肉料理であると思っている。まず日本人は豚肉と果物を合わせることができない。豚肉には果物がよく合う。フランス料理でも中華料理でも世界中で豚肉と果物(リンゴ、オレンジ、桃、洋梨、イチジク、メロンなど)を合わせることは普通に行われているが、日本人の中には気持ち悪いと感じる者も多い。生ハムメロンは食べるのにねぇ……。日本人にとって果物は食事ではなくデザートであり、料理に甘みをつける方法はみりんか砂糖しか知らない。

 さて、③の『決定的に香りの複雑さに欠けている』というのはタイ料理との比較で明白となる。トムヤムクンなどタイ料理はたくさんのハーブやスパイスを使用することにより複雑な香りを演出している。『日本料理は素材が勝負なので素材そのものの香りが良ければ良いのだ』と思うかもしれないが、この香りを使いこなせない日本料理のために日本人は香りを判別し表現することが完全に下手といえる。

 YOUTUBEに『<焼酎>を初めて飲んだ【フランス人の反応】』というのがある。フランスのパリで一般のフランス人に芋焼酎を初体験で飲んでもらい、その感想を聞くというものである。焼酎のボトルの裏ラベルに日本語でライチの香りがすると書いてあるが、フランス人には知らされていない。しかしながら、驚くことに数人がこの芋焼酎にライチの香りを感じるという。長い間焼酎講座を行っているが、日本人のほとんどは芋焼酎を『臭い』か『臭くない』の二通りでしか判別できない。ライチのようなフルーティーな香りに気づくのはきき酒師やソムリエのような特別な訓練を受けたものだけだ。実は、芋焼酎の香りの成分はマスカット系の白ワインの香りの成分と、同じ成分なのである。どちらの香りの成分もモノテルペンアルコール由来のものであり、アルザスやドイツのゲヴァルツトラミネール、ピノグリ、リースリング、ミュラートゥルガウなどに多く含まれていると分析結果が出ている。中でもゲヴァルツトラミネールはライチの香りが特徴ということで有名である。かつて芋焼酎が臭かったのは粗悪な原料や製造方法、米麹由来のフーゼル油によるものであり、本来の芋焼酎の香りはマスカット系ワインの香りなのである。芋麹の芋焼酎を呑むとそのフルーティーさがよく分かる。

 フランス人は予備知識無しで香りを言語にできる能力を持っている。YOUTUBEでは酒だけではなく、初めて体験する日本の清涼飲料や食べ物の香りも言語にして表現できている。さらに驚いたのが、あのまずい料理で悪名高いイギリス人も同様に香りを言語で表すことができる。

 日本料理は香りが少ないため、日本人は香りに対する能力が劣ってしまったのではないかと思っている。感じた香りや味を言語にするには、右脳と左脳の機能を繋ぐ訓練が必要になる。その訓練の仕方を日本酒・ワイン・焼酎講座などで伝授しているから、まじめな受講者はある程度能力が備わっている筈である。だよね?


コメントをお書きください

コメント: 4
  • #1

    飯塚玲児 (日曜日, 29 3月 2020 19:16)

    言い得て妙、おっしゃる通りだと感じました。勉強せねば!

  • #2

    丸尾賢市 (日曜日, 29 3月 2020 23:02)

    お読みいただき、ありがとうございます!

  • #3

    ニホンスゴイ (月曜日, 29 5月 2023 01:05)

    日本人はニホンスゴイのせいで和食ってだけで世界で大人気って思ってますからね
    松茸がおっさんの靴下の匂いといわれてたりその由来が大豆の香り成分に近いものだから大豆文化のない国には臭い(醤油、みそ、あっ)のも想像できないでしょうし
    でもイギリスを平気でディスったり。パブの料理とか食ってから言ってほしい

  • #4

    丸尾賢市 (月曜日, 29 5月 2023 08:41)

    ニホンスゴイさん、コメントありがとうございます。ご共感いただきましてありがとうございます。イギリスはブルーチーズのクオリティもメチャクチャ高いことは殆ど知られていません。ワインなどの味覚も古来より優れています。