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『浅草キッド』

 お前と会った仲見世の 煮込みしかない くじら屋で

 夢を語ったチューハイの 泡にはじけた 約束は

 灯の消えた浅草の コタツ1つのアパートで

 (『浅草キッド』作詞作曲、歌:ビートたけし)

 

 ビートたけしさん(私は芸能人の方には普段でも必ず『さん』を付ける。実際にお店に来店された時は『先生』という呼称を使うことにしている)は、明治大学の尊敬する先輩である。先輩が歌う『浅草キッド』の歌詞に出くる『くじら屋』は『捕鯨舩(ほげいせん)』という店のことで、歌詞にある仲見世にはなく六区というエリアにある。ちなみに、六区とは『浅草公園六区』の通称である。たいていは浅草六区とか単に六区と呼ばれる。明治17年から始まった浅草公園の築造整備における区画番号『第六区画』を指している。ビートたけしさんが修行したストリップ劇場・浅草フランス座もかつてこの地にあり、現在は浅草東洋館として演芸興行を行っていて、若手芸人のお笑いライブなども催している。

 捕鯨舩は、昭和52年創業だが、今の六区に移転したのは平成12年であり、以前はひさご通りという花やしきの北側あたりの裏路地にあった。ひさご通りはかつて浅草公園にあったひょうたん池にちなんで、ひさご(瓢)と名付けられている。ビートたけしさんが修行時代に通った店はそちらのほうである。

 捕鯨舩はいつも満席の店である。土日は夕方の4時から営業しているが、開店から満席となる。この日は、7時ごろから店の中を何度も覗いてみて、7時半ごろやっと入店できた。ノスタルジックな場末的外観に『鯨(げい)を喰って芸を磨け!!』の看板が白く光る入口をガラガラと開けると、鍵型のカウンターだけの細長いお店となっている。店内の板壁にはサインがびっしりマジックで書かれており、漫画家ちばてつや氏のあしたのジョーのイラストやビートたけしさんのサインだけが透明のアクリル版で保護されている。入口に近いカウンターの向こう側で、例の『煮込み』がぐつぐつと煮込まれている。勘違いしている人が多いが、ここの煮込みは鯨ではなく牛もつ煮込みである。まずは定番のチューハイと煮込みを注文する。チューハイは梅エキスのサワー1点しかない。牛もつ煮は柔らかくよく煮込まれている。余分な脂が削ぎ落とされてあっさりしており、もつ肉の旨味だけがじわりと感じられた。

 

 煮込みしかなあい〜♪ くじらやでー♪

 

 歌詞には煮込みしか無いと歌われているが、当たり前ながらちゃんと鯨もある。店主のこだわりから使用する鯨肉は、ほとんどが南極海のミンククジラであるらしい。まずは『皮とさしみのミックス』を注文する人が多いが、絶品は鯨の竜田揚げである。1cmほどの厚切りにした鯨肉を片栗粉で揚げてある。適度な歯ごたえと衣の食感が、昔給食に出てきた鯨の竜田揚げとは全く違う上品な味だ。『鯨ってこんなにうまかったけ?』と驚いてしまう。その後エスカルゴバターで焼かれたブルゴーニュチックな『鯨ヤキ』を喰って店をあとにした。

 浅草で煮込みの名店といえば『正ちゃん』である。ホッピー通りの一番奥にあり、かつて『とんねるずのみなさんのおかげでした(フジテレビ系)』の人気コーナー『きたなシュラン』で三つ星を獲得している(最近改装したのでそれほど汚くない)。

 ホッピー通りというのは別称で、正式には『公園本通り』という。ホッピー通りの前は『煮込み通り』という通称だった。ホッピー通り(煮込み通り)は、浅草寺の西側にあって、牛すじ煮込みやもつ煮込みなど中心に提供する飲食店が並んでいる。殆どの店が通りまでテーブルイスを出していて、冬は透明のビニールで囲っている。

 ホッピー (Hoppy)とは、ホッピービバレッジ(旧・コクカ飲料)が昭和23年に発売したビールテイスト清涼飲料である。このホッピーで割った焼酎もまた『ホッピー』と呼ぶ。本物のホップを使ったノンアルコールビールということで、『ホッビー (Hobby)』の筈が訛って『ホッピー』となる。実際はノンアルコールではなく、0.8%のアルコール分が含まれている。焼酎のホッピー割り(通称:ホッピー)は、居酒屋では焼酎を『ナカ』、ホッピーを『ソト』と呼び、焼酎を追加注文する際には「ナカおかわり!」、ホッピーを追加注文する際は「ソトおかわり!」と言う。ホッピーには甲類焼酎を使用するのが基本である。最も相性が良いといわれるのは、三重県四日市市の宮崎本店『キンミヤ焼酎』で、昭和20年代に東京都内の飲食店にホッピーを販売していた会社が、キンミヤのホッピー割りを勧めたことが起因となり現在に至っている。また『タモリ倶楽部(テレビ朝日系)』で、ホッピーの浮気相手探しとして、イタリアのレモンリキュール『リモンチェロ』が合うと紹介されたことがある。

 正ちゃんは昭和26年創業で、古くからホッピー通りで煮込みナンバーワンと言われている。創業以来継ぎ足されている伝統のタレで仕込まれている。カウンター6席程度のみだが、外にテーブルが出されていて10名以上は座れる。9時半ラストオーダーの直前に訪問すると、大将が慌てた様子で店内の奥さんに「煮込みできる!?1人前できる!?」と訊いてくれた。まだ何も注文してないのだが……。ここの煮込みは牛すじ煮込みである。牛すじから溶け込んだ脂が汁に染みていて、少しぬるいにごり酒がまたよく合うのだ。

 

 ゆーめは捨てたと言わないでー♪

 

捕鯨船

捕鯨船・煮込み

捕鯨船・鯨竜田揚

捕鯨船・鯨ヤキ

捕鯨船


正ちゃん

正ちゃん・煮込み