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『酒呑みのための蕎麦哲学』

 『蕎麦切り(現在のような細長い蕎麦)』の発祥というのは、諸説あるがどうやら甲州の天目山あたりらしい。天野信景という尾張藩士で江戸時代中期の国学者がそう書いている。蕎麦切りが一般的になったのは、江戸時代寛永年間(1624-1645)のことで、それまでは『蕎麦がき』のように蕎麦粉をこねて食べていたらしい。『蕎麦は江戸』『饂飩は上方』と、よく人は言うが、実際の歴史はちょっと複雑である。元々は、甲州や信州からまず上方に伝わり、貴族や僧侶に食べられ、次に上方の庶民にも浸透する。その後寛文年間(1661-1673)に、上方から江戸市中に伝わり、まず庶民に食べられるようになってから、武士にも伝わった。江戸の書物によると、吉原でも最初は蕎麦屋がなくて、饂飩屋しか存在しなかったらしい。元禄時代(1688-1704)あたりの江戸市中では『饂飩ズキ』と『蕎麦ズキ』が真っ二つに別れていたそうだ。その後江戸末期には饂飩屋は少なくなり、一方の蕎麦屋は江戸市中に4000軒ほどあったという。

 蕎麦通が言うには、現在の蕎麦屋というのは三系統あるらしい。『更科』『藪』『砂場』である。更科は一番粉のみを使用し白く細い麺が特徴。有名な店は元麻布の更科堀井、神田錦町更科などだが、残念ながら私は行ったことがない。藪は二番粉まで用い、やや色がついている。浅草雷門の並木藪や神田藪が有名である。砂場というのはよく知らないが、大阪を起源とする老舗蕎麦屋であるらしい。ほかに『挽きぐるみ』といって全層粉を使用した田舎蕎麦があって、黒くて大抵太い。木曽福島の『くるまや』など信州に多いタイプである。近いところでは馬籠宿の『恵盛庵』なんかは好きな店である。

 酒呑みの蕎麦屋での過ごし方を伝授しよう。まず蕎麦屋に入ったら、イス・テーブル席はだめだ。あれは野暮で酒呑みの席ではない。酒呑みは必ず座敷でなければならない。本来イス・テーブルの席は簡易席であり、蕎麦だけ喰ってとっとと帰る下戸が座る席である。酒をじっくり楽しむにはひとりでも座敷に上がり、店内を眺めたり窓の外を眺めたりしてまったりと酒を呑む。また「机の高さは低いほうがよい」と、17代目中村勘三郎が言っていた。低いほうが蕎麦を持ち上げるのが楽だからだ。そこまで気を使っている蕎麦屋は少ない。

 酒呑みのあなたへ!「蕎麦を注文せずに、酒をぐだぐだ呑みながら長居するのは蕎麦屋に迷惑だ」などと思ってはいないだろうか。はっきり断言しよう、蕎麦屋は酒を呑む処なのである。混んでいるからと気を使って、初っ端から酒とつまみと、同時に締めの蕎麦までも注文する必要はない。また焦って注文したとしても、並木藪も神田藪も、どんなに長蛇の列で並んでいようが、酒呑みの我々に「蕎麦はあとにしましょうか?」と優しく訊いてくれる。

 酒は何を呑むか。「とりあえずビール」というのはいただけない。どうしても呑みたいのなら、喉が乾いているときにのみ申し訳なく小瓶で呑んでもらいたい。日本酒も地酒や希少な酒が置いてある蕎麦屋は邪道である。蕎麦屋では、メニューに『酒』としか書いてない何の銘柄だかとんとわからないたった一種類のものを、気分に応じて冷や(常温)か燗でやるものだ。蕎麦屋の酒は旨すぎてはいけない。純米大吟醸なんかは以ての外で、できれば普通酒、最高でも本醸造が良い。もしくは樽酒があればそれだけで良い。毎日通っても飽きずに呑めて、しかも呑みすぎない酒が良い酒なのである。冬は蕎麦焼酎の蕎麦湯割りというのも乙である。

 蕎麦屋の名店には、気の利いた酒のつまみがちゃんと置いてある。まず蕎麦屋のつまみといったら板わさは外せない。軟弱な蒲鉾はだめだ。固めで味わいのあるやつにちょいと山葵を乗っけて、ちょんと醤油をつけて喰う。それで、きゅーっと酒を流し込む。並木藪では絶対に焼海苔をつまみにするとよい。切り海苔が小さな木箱の中に入っていて、箱の底に小さな炭が仕込んであり、海苔が湿気らないように気を使ってある。蕎麦がきが置いてあればつまみにしても良いが、あれは私からしたらブルジョワなつまみで、お金と心の余裕があるときしか注文しない。池波正太郎の『剣客商売』で、小兵衛の息子大治郎が三冬と夫婦になり子供も生まれて剣豪としても一人前になり、恐る恐る小兵衛の真似をして蕎麦がきをつまみに酒を呑むくだりがある。蕎麦がきをつまみに酒を呑むのは、一人前になった者にのみに許されるものであり、本来若輩者がすべきではない呑み方なのである。また、『天抜き(天ぷら蕎麦の蕎麦抜き)』や『天ぷら盛り合わせ』は、メニューにあれば注文しても良いが、メニューにないのに注文すると「天ぷら食いたいなら、天ぷら屋へ行け」と思われる場合(昔はそう言われる店があった)があるからそんな我儘を言ってはいけない。

 酒は2合くらいでやめておいて、締めの蕎麦を注文する。冷たい蕎麦なら『もり蕎麦』、温かい蕎麦なら通は『花巻』を注文する。名店なら必ず花巻がある。花巻とは『かけ蕎麦』の上に海苔がやや大きめに千切って乗っているもの。ここで使う海苔は大抵極上品である。この花巻を喰う時に気をつけなければいけないのは、たとえ葱が薬味で付いてきても絶対に入れないことである。本来葱は入れないものであったのだが、客の要望が多いせいか葱をつける店が出てきた。ポピュリズムの悪いところである。葱を入れるのは邪道の極みで、葱をわざわざ使わずに残すことにより店主から通の称号を与えられる。

 さて、もり蕎麦の喰い方であるが……、その前に、その店のもり蕎麦の盛りつけ方を見てほしい。盛り付ける時に蕎麦を蒸籠の真ん中に盛って、外側にならしてあったとしたらそれは名店とはいえない。本来もり蕎麦は蒸籠の四隅に、四等分に小分けして盛り付けて、それぞれを中央に寄せてならすようにする。そうすることにより客が蕎麦をつまみやすくなるのだ。

 蕎麦は、箸でたくさんつままず、5~6本くらいの少なめをつまむ。汁(つゆ)の付け方はよく落語にあるように、江戸っ子は汁を少しだけつけるのが通と言われるが、あれは通とかいう問題ではなく、並木藪のような辛い汁(辛汁)は、蕎麦をドボンとつけたら辛くて辛くて食えたものではないからなのだ。蕎麦猪口の中の汁が、猪口の半分しか入ってないような店は辛汁だから気をつけたほうが良い。決して汁をケチっているのでない。蕎麦をつまんだら、七三に尻の方を一寸三分(4cm)ほど汁につけて、箸のほうから口に入れ、汁のついていない部分の蕎麦の香りと味を愉しみ、それから静かに汁のついている方を吸い込んで汁の出汁の香味を味わう。蕎麦ズキといわれる夏目漱石の『吾輩は猫である』にも蕎麦の食べ方が同様に書いてある。「この長い奴へツユを三分一つけて、一口に飲んでしまうんだね。噛んじゃいけない。噛んじゃ蕎麦の味がなくなる。つるつると咽喉を滑り込むところがねうちだよ」

 薬味は汁に入れてはいけない。なぜなら汁に薬味をいれてしまったら、『ぶっかけ蕎麦』と同じになってしまうからである。山葵は蕎麦につけて喰ったほうが鮮烈な香りと辛味が堪能できる。もり蕎麦を喰い終わる頃、簀子に蕎麦がへばりついて往生することがあるが、これも綺麗に食べなくてはならない。箸でつまみにくいから面倒になって汚く残しがちだが、へばりついた蕎麦は、箸を立ててつまむと綺麗に取ることができる。

 最後の最後、汁に蕎麦湯を入れて呑むのを忘れないように。

並木藪

神田藪

蕎麦がき

並木藪の焼海苔

花巻