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『タモリは何故えびふりゃ~と言ったか』

 1980年前後に名古屋を震撼とさせる大事件が起きた。人呼んで『名古屋タモリ事件(事変と言っても良い)』である。タレントのタモリが「名古屋人は『見栄っ張り』『ケチ』」から始まり、「名古屋ではエビフライのことを『えびふりゃ~』と言う」と言い、名古屋人はエビフライを最高のご馳走だと思っていると言い放った。これはタモリの友人である写真家浅井慎平氏(瀬戸出身)との会話の中でエビフライの話題が出たのがきっかけらしい。名古屋には三英傑(信長、秀吉、家康)縁の地という自負があり、それまで批判されたことがなく免疫が皆無だった名古屋人は、突如として起きた全国的な名古屋イジリに、自尊心を滅茶苦茶にされ、どん底の気分を味わったのであった(大げさではない!)。その後、オリンピック誘致に負けるし、新幹線のぞみは停車しない、コンサートは名古屋だけ開催されないなどの『名古屋飛ばし』が起きるなどの追い打ちをかけられて、もう名古屋は死んだも同然となった。だから当時、タモリは『名古屋の永遠の宿敵』とみなされていた。その後2017年にNHKの番組『ブラタモリ』が名古屋に来て40年ぶりに和解したと言われている。因みに、私はもっと前からタモリさんを許しており、今や大ファンである。

 しかしながら、当時中学生の私には胸をえぐられるほどの衝撃だった。私にとってエビフライは紛れもなく『特別なご馳走』だったからである。というか、エビフライは全国的にご馳走の頂点だと思い込んでいた。

 小学6年生の遠足の時、同級生の母親から事情で遠足の弁当を用意することできないので、私のお店で弁当を作ってくれないかという依頼があった。父親がついでに私にも同じ弁当も作ってくれたのだが、弁当箱を開けると大きな有頭付きの車海老のフライがどかんと入っていて、クラス中の羨望と喝采の的となり、同級生と共に鼻高々だった覚えがある。

 今でこそエビフライは立派な名古屋の名物であるが、実はタモリが『えびふりゃ~』と言うまでエビフライは名古屋では特に名物ではなかったのである。エビフライと言えば、『まるは食堂』さんが有名であり、各地に何店舗かあるが、私がよく行っていった小学生低学年のころは豊浜漁港の前の一軒だけで、まだ小さな木造2階建ての建物だった。うろ覚えであるが、玄関に入ると生簀やテーブル席があって、二階にはお座敷があり海を眺めながら食事ができた(と思う)。大車(大きい車海老)のフライや塩焼き、シャコをバケツいっぱい、茹でたワタリガニを自分で剥いてガツガツ食べた記憶がある。

 名古屋のエビフライはいつのまにか金のシャチホコとリンクしていき、愛・地球博では『金鯱ドッグ』という大海老フライをホットドッグにしたものが限定販売されていて、長蛇の列ができた。またカレーうどんや味噌煮込みうどん、あんかけパスタに大きなエビフライが2本、金のシャチホコの様に飾られて、『金しゃち○○』として供されている。

 なぜ名古屋人は海老を昔から消費していたのか。それは三河湾が海老の宝庫であったからである。三河湾で穫れる海老は車海老だけではない。車海老以外にも美味しい海老が獲れるのだ。寿司や天ぷらによく使われるものには、『ヨシエビ』や『マンダラ』と呼ばれるやや赤く白っぽい海老がある。白っぽい海老は茹でてても桃色になるだけで、車海老ほど赤く発色しないから、寿司屋のカウンターに並んでいる茹で海老を見ればひと目ですぐわかる。食感は車海老より若干柔らかい気がする。また、時々『ミズヒキ(クマエビ)』という海老が獲れる。その名のごとく触覚が水引のように紅白になっていて、全体が赤黒い海老である。海老は生の姿の色が黒いほど茹でたときに赤くなるので、ミズヒキは茹でると綺麗な赤色になる。これらの海老は活きた状態で入荷しないので、オドリ(生のエビ)で出てくることはない。

 寿司屋の海老がすべて車海老だと信じ込んでいる人がいるかもしれないが、あなたの行くような店は車海老どころか国産海老でもなく、大抵は冷凍の輸入養殖ものである。一時期流行ったブラックタイガーはいまや高級の部類となり、東南アジアで養殖される『バナメイエビ』というのを使用しているところが多い。また車海老も天然ものを使用している店はごく僅かで、大抵は養殖の車海老であるが、正直なところ養殖も天然も味の区別をつけるのは難しい。また価格もその時によってそれほど大差がなかったり、却って天然の方が安くなったりする場合もある。ただし、80gから100gくらいあるような大車海老は天然しか存在しない。

 名古屋の銘菓坂角総本舖の海老せんべいは、江戸時代から食べられていた海老はんぺんを明治時代に煎餅に加工して開発されたらしい。今や海老せんべいの生産量は愛知県が約95%を占める。元々海老せんべいに使用される海老は『アカシャエビ』といい、三河湾特産のやや小型の海老である。かつては一般に食べられることがなく、中国に輸出されたり、煎餅の材料にしていたが、近年このアカシャエビの旨さが一般にバレてしまった。一番うまいのが素揚げで塩を振る。天ぷらやフライも美味い。柳橋中央市場内に『かつや』というラーメン、とんかつ、目玉焼きなど言えばなんでも作ってくれるカウンターだけの店があった。カウンターに生の魚や野菜が並んでいて、親父さんが目の前で天ぷらやフライを揚げてくれる。私はいつも「アカシャ2つ(4匹)とメジロ(アナゴ)を天ぷらで!(アナゴと言わずにメジロというところがこの地方では通なのだ)」と言い、ご飯と豚汁を注文する。もうこれで1000円を越してしまう。車海老やキス、メゴチ、牡蠣なんかもあるが、食べたいように注文したら朝飯らしからぬ恐ろしい金額になってしまうので、この店ではぐっと我慢が必要なのだ。

 三河湾では、アカザエビもとれる。イタリアでスカンピ、フランスでラングスティーヌと呼ばれる手長エビである。これは結構値段が高い上にあまり身がないので、和食で使う人は少なく洋食屋さんが買っていく。

 浜名湖で『車海老すくい』というのに連れていてもらったことがある。鉄橋の下に小さな舟を泊め、上流からふらふら~と車海老が流れてくるのを素早く大きい手網ですくうのである。大変地味な作業ながら一晩で少なくとも100本以上はとれる。不思議なことにすべて本物の車海老で、大きさもちょうど握り寿司で使う40-50型(1キロあたり40-50本)で揃っていて驚いた。舟の料金は結構な値段なので、市場で買ったほうが安いのだが、これは素晴らしい経験なので機会があったら是非行かれることをお勧めする。

 

まるは食堂のエビフライ

金鯱カレーうどん

昔のまるは食堂

海老すくい


かつや

かつや店内

かつやの穴子とアカシャ