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『恋するブラックラーメン』

 かつては私もラーメンマニアで、いわゆる『カルト系ラーメン屋』を巡っていた時期があった。「並んでまで食うな!」というオヤジの遺言(あ、まだ生きてる)を守ってきた私だったが、教えを破り屈辱を感じてまでも並ぶべき何かがラーメンには存在していたということである。ラーメンズキならわかるよね。ただ、2年間くらいでさっさとマニアを卒業した。だってラーメンはやっぱりデブの素だということがあらためてわかったんだもん……。

 日本中にご当地ラーメンがある。私が時々仕事で行く富山県には『富山ブラック』と呼ばれるラーメンが存在する。富山ブラックは、富山市西町にあった昭和22年創業の『大喜』という店で提供されていたラーメンを発祥とし、平成12年ごろ現在の運営会社が『西町大喜(にしちょうたいき)』の店名で多店舗展開した。富山ブラックは私にとって長年憧れていたラーメンで、『寿がきや富山ブラック』というカップ麺を買い占めしたり、『ブラック』や『黒』という名がついたラーメンがあれば憧れの富山ブラックに思いを馳せて必ず食べていた。しかし本物は食べたことがなく「あ~富山ブラックはこれ以上にもっと美味しいのかしら。こんなに黒いのにまろやかで……(はーと)」。

 さて、富山駅構内に新しく『西町大喜 とやマルシェ店 』ができたと聞き、心の中でスキップをしながら初入店し、興奮で鼻血が出そうになるのを抑えながら『中華そば並』を注文した。待ち焦がれること数分、ようやく運ばれてきた富山ブラックは、白葱の白色以外は一面漆黒の闇に閉ざされており、私は本物に出会った感動で体のすべてが真っ黒いスープに吸い込まれそうになった。「これはまさにラーメン界のブラックホールやぁ!」具材は盛りだくさんの白葱のほかは、太いメンマとチャーシュー。葱の上には大量の黒胡椒がかかっている。震える手を抑えつつ漆黒のスープからストレートの太麺を引っ張り出し一口すすると、さあ憧れの味は……「うおーっ!しょっぺー!」。とにかく塩っぱい!スープは勿論塩っぱいが、メンマの塩っぱさといったら完全に塩漬け状態である。思わず店員に「ちょっと!あんた作り間違えたんじゃないの?」と文句を言いたくなってしまうほどで、まさに憧れの女の子に「まるお、キモい!クサい!」とイケズを言われたような、雷(いかづち)が全身を駆け巡るほどのセンセーショナルな味であったのである。オーバーかな?

 なぜこんなに塩っぱいのか?元々富山ブラックは、戦後復興のために働いていた肉体労働者の塩分補給のための食べ物であり、ご飯と共に食べることが想定されたラーメンであるらしい。富山県民の中でもこの塩っぱい富山ブラックは賛否両論あるそうだが、もちろん店によって味は様々で、『麺家いろは』『ラーメンの翔龍』『らぁめん次元』などは比較的まろやか系の富山ブラックらしいが、私はトラウマでまだ行くことができていない。

 富山県以外にも富山ブラックを意識したブラック系ラーメンが存在する。三重県の『林家(四日市市)』には『四日市ブラック』という富山ブラックインスパイヤ系のラーメンがあった。富山ブラックと違い色の割には味はまろやかで美味かったが、残念ながら数年前に閉店してしまった。名古屋・金山の『麺屋山岸(中区)』には『東中野ブラック』というやはり富山ブラックインスパイヤ系のラーメンがあった。ラーメンの外観は富山ブラックそっくりだったが、こちらも最近閉店している。金山にはもう一軒『辰や 金山店(中区)』というお店で『金山ブラック』というものを提供している。 また名駅の『浄心家(中村区)』には、お昼10食限定で『柳橋ブラック』というのがある。名古屋市内には『名古屋ブラック』というラーメンを出している店が何軒かあるが、店名は出さずにおく。私は「いらっしゃいませ」すらまともに言えない店を紹介する気はないのだ(きびしーっ)。

 富山ブラックを全く意識してないけど黒いラーメンも多数存在する。ラーメンには様々な系統がある。本家の支店またはインスパイヤ系として『家系(横浜・吉村家)』『二郎系(東京・三田)』『大勝軒系(東京)※各派有』などが全国的に知られている。名古屋ローカルでは『好来系』という薬膳系統がある。また、製法により『和風系』『濃厚魚介系』『博多豚骨系』『背脂チャッチャ系』など多数の系統が存在する。ブラックとまではいえないが、やや黒いスープのラーメンには、『お湯割り系』と呼ばれるタイプが多い。お湯割り系とは、チャーシューを煮込んだ濃厚なタレをお湯で薄めてスープにするラーメンである。東海地区で最も有名なお店は、岐阜の『大石家(多治見市)』である。名古屋では『新谷(守山区)』『せきや(名東区)』などがあるが、どちらもブラックというほど黒くはない。お湯割り系ではないが、三河地区に代表的な黒いラーメンがある。『八百善(常滑市)』という人気のお店があったが惜しくも閉店し、現在その味を受け継ぐ店が『名代中華そば 常滑チャーシュー(常滑市)』と『名代中華そば ばら(名古屋市瑞穂区)』である。両店とも真っ黒なスープであるが意外にあっさりしている。圧巻なのは、巨大なチャーシューが2本ものっていてチョー食べごたえがある。

 昭和情緒たっぷりの食堂を我々マニアは敬意を込めて『ノスタルジック食堂』と呼んでいる。ノスタルジック食堂には洋食系と和食系がある。洋食系については拙書『名誉唎酒師のばかやろう!』の『sake30.絶滅危惧洋食と安ワイン』で詳しく書いている。和食系については前回の『絶滅危惧どんぶり』で少し触れた。和食系ノスタルジック食堂の大半は『うどん屋(麺類食堂)』である。メニューはうどんと蕎麦、丼物が中心であるが、大抵の店にはラーメンがラインナップされている。しかも、そのラーメンが最も売れ筋という『うどん屋』も多いのだ。ノスタルジック和食堂のラーメンは大抵『中華そば』と表記され、お客は単に「中華ちょー!」とオーダーする人が多い。中華そばは決まって鰹節系出汁の醤油味である。まれに味噌中華やカレー中華を出す店もある。名古屋での伝統的な具材は、ハム(外側が赤いやつ)・名古屋蒲鉾(外側が朱色)・ゆで玉子(固茹で)・メンマ・青葱で、時々焼海苔・梅麩などがつく場合もある。全国的にはハムが焼豚に、蒲鉾がナルトになる。ノスタルジック食堂の中にもブラックラーメンがあり、新栄の東陽通沿いにある『徳重屋(中区)』の中華そばは圧倒的に黒く、私は独自に『ノスタルジック系名古屋ブラック』と呼んでいる。この店の『五目中華』は、チャーシュー・ゆで玉子・椎茸・豚肉・ワカメ・メンマ・ネギ・名古屋蒲鉾・梅麩の入った豪華版である。

 また、名古屋今池の中華料理屋『呑助飯店(千種区)』には黒ではないが黒に近い非透明系焦茶色のラーメンがある。『ラーメンA 伝統の油こってり濃い口』は、熱々のはずのスープからは全く湯気が出ていない。スープの表面が油で覆われているためである。麺を持ち上げるとスープの中から湯気がふわっと立ち上る。巷では愛を込めて『重油ラーメン』と呼ばれているが、間違っても「重油ラーメンください!」などと注文してはいけない。まず間違いなく怒られる!

富山・西町大喜

寿がきや

林家・四日市ブラック

大石家

常滑チャーシュー


徳重屋・中華そば

徳重屋・五目中華

今池・呑助飯店

名古屋の伝統的中華そば