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『グランメゾンする愉しみ』

 昨年『グランメゾン東京』というドラマがあった。主人公のシェフ役がキムタクで、ミシュランの三つ星を目指すというものだ。グランメゾンとは和製仏語である。一般的には最高級三ツ星クラスのフランス料理店などをいい、1990年ごろの日本においでは、『アピシウス』『マキシム・ド・パリ』『トゥール・ダルジャン』『シェ・イノ』『レカン』『ロオジエ』(以上東京)、『アラン・シャペル』(神戸)などを指した。グランメゾンは、その店で食事をする事だけを目的にわざわざ旅する価値がある店でなくてはならない。従って、料理の素晴らしさだけではなく、完璧なサービス、内装・調度品などに超一流のものが求められる。いわば美食を通したアミューズメントパークであり、お客を絶対的に裏切らない店でなくてはならないのである。なんやらいう有名な三ツ星の寿司屋のように、どんなに寿司が旨かろうとも雑居ビルで他の飲食店との共同便所では、グランメゾンとはいえないのである。

 私は上に掲げたお店の内、マキシム・ド・パリだけ訪れてはいないが、いくつものグランメゾンを経験したきた立場から、客側に立った愉しみ方を伝授したいと思う。

 グランメゾンは決して安くはない。大抵コース料理は15,000円以上30,000円くらいはする。ワインは安いものでもボトル1本15,000円以上はするので、ひとり当たり最低でも総額50,000円から70,000円は必要である。そうなると、どんなに頑張っても1年に1回、誕生日などの記念日くらいにしか行けない。しかしながら、私は記念日だけじゃなく、ただ純粋に美味しい料理やワイン、素晴らしいサービスを愉しむためにグランメゾンに行ってほしいと思っている。では、せめて3ヶ月に1回くらい行けるようにするにはどうしたらいいか。

 まず誰と行くか。これは心の問題である。あなたがHな気持ち満々で好きな女性と行きたいなら、相手の分も払わなくてはいけないからお金がかかる。かといって、一人で行くのはつまらない。なんでもそうだが、幸福感を共有できる人と行くのが一番良いのだ。幸せは分かち合うほどより幸せになれるのである。料理やワインなどの共通の趣味を持つ人と一緒であれば、山の神のようにいちいち『高い!』とか『贅沢!』とか言われて興ざめすることもなく共に愉しんでくれる。快く割り勘にしてくれる友人を見つけるのが一番いいのだが。

 グランメゾンは、必ず事前に予約して料理を注文しておかなければならない。お店にも準備というものがある。初めて行く店であれば、コース料理を注文するほうが無難である。店によっては『ムニュ・デキュスタシオン』というその店の得意料理を少しずつたくさん出してくれるコースもある。その店にスペシャリテ(名物料理)があるのなら、「スペシャリテを入れてコースを作ってくれませんか?」と頼んでもいい。トゥール・ダルジャンならフォアグラ三皇帝風や幼鴨ロースト、シェ・イノならマリアカラスとか。いずれにしろ料理重視の注文の仕方がよいと思うのだが、特別なワインが飲みたい場合は、あらかじめ呑みたいワインの銘柄などを伝えておいて、料理のほうを合わせてもらってもよい。気に入って何回か訪れるようになれば、予約時にコースではなく「アラカルト(単品注文)にする」とだけ言っておくのも良い。

 さて当日だが、グランメゾンにはドレスコードというものがある。男性はジャケット着用が義務付けされる。旅先などでジャケットを持ち合わせていない場合は借りられるから安心してよい。堂々と「貸してください」と言えばいいのだ。一方、女性にはあまり厳しくないが、ジャージとかスェットではちょっと困る。まあそもそも、グランメゾンにそんなものを着てくる女とは付き合ってはいけない。

 グランメゾンにバーがあるのなら、「少し早めに行くからバーで食前酒を呑みたい」と予約時に言っておくといい。シャンパンでもいいし、ビールやカクテルでもいいが、マティーニなんかはアルコールが強すぎるので、あなたがアメリカ人ならどうぞ注文すればいい。

 私が料理をアラカルトで注文する場合は、オードブルとメイン一品というシンプルなスタイルにすることにしている。アラカルトの料理は得てしてポーション(料理の盛り)が大きいから、品数は少ないが量は充分となる。メインが肉系ならば、オードブルを魚介系にする。メインが魚介系ならば、オードブルは野菜系かメインとは違う魚介系がよい。そうすると、ワインが白赤の順か、または白かシャンパンで通せる。メインが魚介系でオードブルを肉系にするとワインが赤白と逆順になるからあまり感心しない。オードブルを肉系にしたい場合は、可能な限りオードブルを軽い肉、メインを重い肉にする。

 料理が決まるとソムリエがやってきてワインを訊いてくる。はっきり言ってワイン選びは素人には無理だから早々に諦めたほうがいい。分厚いワインリストを渡されても重たいだけである。なので、「料理に合わせてほしい」とソムリエに任せるのが最上だが、値段だけはしっかり言っておいたほうがいいだろう。そうでないと想像よりもえらく高いワインが並ぶ場合がある。もし自分で好みが言えるのなら、アミューズ・グール(オードブルの前の軽い突き出し、アミューズ・ブーシュともいう)で、グラスシャンパンでも呑みながら、ソムリエとワインの相談をあーでもないこーでもないとしっかりするのも愉しいひと時である。

 オードブルで白ワインを呑み、メインの肉料理で赤ワインを呑む。メインが終わりそうになっても、少し赤ワインを残しておく。チーズを注文しなければならないからだ。さて実はここからがグランメゾンの醍醐味なのだが、それを知らん人が結構多い。見たこと無いくらいたくさんのチーズがワゴンに所狭しとならんで運ばれてくる。思う存分好きなものを注文すればよい。フレッシュ、白カビ、青カビ、ウオッシュ、シェーブル、ハード、セミハードなどがそれぞれ数種類ずつあることが多く、あれもこれも欲張ると量が多くなるので、たくさんの種類が食べたい時は少しずつカットしてもらう。残っている赤ワインで愉しむのもいいが、青カビには極甘口のデザートワインをグラスで注文するとソムリエが張り切る。またここで再度シャンパンを注文したりすると単なる酒呑みだと思われるが、ソムリエはたいてい嬉しそうに応対してくれる。

 デザートもワゴンで出てくる。ソルベ(シャーベット)、グラス(アイスクリーム)、ガトー(ケーキ)、フリュイ(フルーツ)、コンポートなどなど。こちらも好きなだけ選べば良い。また、デザートワゴン以外に、ギャルソン(ウェイター)が目の前でデザートを作成してくれる事もある。有名なのは『クレープシュゼット』というやつ。砂糖をかけたクレープにグラン・マルニエというオレンジリキュールを注ぎ、火を付けて(フランベ)作るもので、暗い店内に盛大に立ち上る火はまさに炎の舞なのである。女の子の受けはいいのでエッチな人は注文すると良い。

 最後にプティフール(小菓子)、ショコラなどが用意されるので(店によっては別室に案内される)、余裕があればカルヴァドス、ブランデー(コニャック、アルマニャック等)、マールなどを是非呑んでもらいたい。普通ではあまりお目にかかれない古いカルヴァドスや珍しいプロプリエテールのコニャック(シングルコニャックといい、栽培・蒸溜・熟成・瓶詰を全て自社で行う)、バ・アルマニャック(Bas-Armagnac)などがあったりするから見るだけ見せろといってソムリエを困らせるのもよい。が、結局ソムリエの美味そうなトークに負けて術中にはまり呑んでしまう。

 メイン料理を食い終わってからが長いのは私だけではない。フランス人には食後を楽しむ4つのCというのがあるのだ。①CAFÉ、②COGNAC、③CHOCOLAT、④CIGARE(葉巻)であるが、もう一つ大事な5つ目のCというのがある。それはCONVERSATION(会話)である。可愛いお姉ちゃんと会話が弾めば、時間を忘れて4時間くらいは平気で滞在してしまうかも。

 最後が大事で、お会計を格好良くするには、「おかんじょー!」とか大声で言わずに、左手に手帳、右手にペンを持つ格好をして、サインするような仕草をすれば、メートル・ドテル(給仕長)が無言で頷いてくれる。

 

シェ・イノ

同 マリアカラス好み

レカン

同 フロマージュ

同 デセール


同 プティフール

トゥールダルジャン三皇帝風

同 幼鴨のロースト

同 鴨番号

同 カルヴァドス


半沢直樹の舞台となったトゥールダルジャン